この話は、根が深い。
デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介するフラビウイルスによる感染症である。(いわゆる)感染症法では4類に分類され、全例報告になっている。現在、日本国内での流行はないが、媒介蚊は存在するため、輸入例から流行する可能性はある。同様の問題は、西ナイル熱、チクングニヤ等でも同様だ。
しかし、日本というのはとても奇妙な国で、全例報告義務のある感染症の検査に保険適応がなかったり、コマーシャルベースで検査そのものが存在しなかったりする。検査できなければ確定診断できないのだから、これは実に変な話だ。本当にその感染症、診断したいんだろうか?それともそれは「たてまえ」の話で、実際にはどうでもよいのだろうか。どうも後者のように思われてならない。
デング熱の確定診断は通常血清学的に行われる。基本的な教科書にはもちろんそう書いてあるし、厚労省の診断基準にも感染症研究所情報センターのサイトにもそう書いてある。しかしながら、デング熱の検査には保険収載はなく、また自費による検査もコマーシャルラボでは提供していない。この問題は元厚労省医系技官だった高山先生が指摘している。
さて、では神戸大学病院でデング熱疑いの患者が来院すると(よくあることだ)、どうするかというと神戸市保健所に相談して行政検査をしてもらう。しかし、この行政検査、RT-PCR「しか」やっていないのである。
RT-PCRはデング熱において比較的歴史の浅い検査法である。全体の感度は悪くないが、発症してしばらく時間が経つと感度は低下する(Am J Trop Med Hyg. 1997;56(4):424.)。この検査「だけ」行なっていてはデング熱は見逃される。したがって、通常はイムノクロマトのようなスクリーニングをかけ、ELISAなどを行いながら、補助的なツールとして行うものだ。
しかし、神戸市ではイムノクロマト、ELISAは行われていない。それは、おかしいだろうと指摘すると、感染症研究所からRT-PCRだけ行うよう「決められている」と回答された。そんな決まりがあるのなら、書面のコピーを見せて欲しいと要求すると、それは口頭の指示なので書面はないという。口頭の回答など、法的にもその他の意味でも全然効力はないのだから、神戸市は自らの専門性と責任でもって独自の検査体制を置けばよい、と反論した。すると、「予算がない」という。さらに、全国の衛生研究所ではどこも同じでRT-PCRしかやっていない、という。
それは、間違いであった。僕はすぐに横浜市衛生研究所に問い合わせて確認したが、横浜市ではイムノクロマトもELISAもやっている。
神戸市保健所職員の虚偽の回答「そのもの」も問題だ。しかし、さらに問題なのは、横浜市にできて神戸市にできない行政検査が「金の都合」が根拠であるならば、他の自治体でも同様の理由で医学的な検査が金の都合というドロドロな事情にすり替えられていることを意味している。デング熱の報告は年間100例程度だが、実際にはもっともっと事例があるのだろう。もちろん、見逃しの責任の多くは「疑いもしない」臨床医にある。しかし、たとえ臨床医が疑っても、神戸市クラスですらまっとうな検査は許されないのである。
では、このような脆弱な環境が支えている感染症法という法律はいったいなんのためにあるのだろう。全例報告が事実上不可能なデング熱を「全例把握する」と叫ぶのは、なぜなのだろう。もっといえば、仮に全例把握をすればそれがいったいなんになるというのだろう。感染症法には、把握の先の筋道がないのである。対策のないサーベイランスは専門家のエゴと好事と行政官の「仕事をやったフリ」でしかない。質の低いサーベイサンスは、真実から目を背けさせる意味で、むしろやらないほうがマシなサーベイランスである。
この問題には日本感染症界の脆弱たる要素がまだまだくっついている。感度が低い検査を【スクリーニング」として用いてしまう臨床医学への理解の低さ(インフルエンザでも同じことが起きている)。PCRなど遺伝子検査への過度な期待、幻想。これはPCR陰性という理由で結核を否定したりする態度にもつながっている。西ナイル熱におけるPCRの感度は低いが、感染症情報センターのHPすら、間違った記載がされている。これをぼくは指摘したら、「日本脳炎よりも感度は良い」といかにも非・臨床的な回答が返ってきた。もちろん、そういう問題ではないのである。
UpToDateの記載
Among a group of patients with WN fever, cases were identified with nucleic acid testing, serology, or a combined approach of these two methods in 45, 58, and 94 percent of cases, respectively [66]. This study suggests that nucleic acid amplification testing may complement serologic testing in patients with suspected WN fever, particularly if urgent diagnosis is required.
情報センターの記載
RT‐PCR 法によりウイルスRNAを検出する方法は検出感度が高く、特異性にも優れている。
このように、たくさんの問題がデング熱をめぐる問題にとりついている。これは一例に過ぎず、日本の感染症界はかくも学的に、行政的に、脆弱なのである。最近、日本の感染症界はすごい、的な夜郎自大なオピニオンを散見するが、まったくもって見当違いな妄言なのである。
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