新型インフルエンザへの対応法が多く議論されています。いろいろなご意見を伺っていて、私がずっと考えたことをこの場で申し上げさせてください。なお、議論を省略したくなかったため、長文になっています。その失礼を最初にお詫びしておきます。長文を書いておいてなんなのですが、新型インフルエンザ診療に従事する皆様には、できれば最後までゆっくり読んでいただきたいな、と希望しています。
1.まず、思い出したいのは、新型インフルエンザ、豚由来インフルエンザA(H1N1)は今年3月に発見されたばかりの見つかりたてほやほやの疾患だということです。
私たちは多くの病気に取っ組み合いますが、各々の疾患について長い間研究が重ねられてきました。大抵は何十年という年月です。けれども、私たちは未だにアルツハイマー病の決定的な治療法を知らず、脳梗塞時の決定的な至適血圧を知らず、理想的なコレステロール値を知らず、全ての年齢層におけるうつ病の最良の治療法を知らず、多くの進行癌の治癒法を知りません。疾患の理解には長い年月をかけた基礎的な研究が必要になりますし、治療法や予防法の開発についてもそうです。臨床的に、実際に現場で患者さんに役に立つか、という議論になるとさらに長い年月をかけた検証(≒臨床試験)が必要になります。予防接種の有効性や安全性の検証にも時間がかかります。季節性インフルエンザの有効性については未だに多くの議論がありますし、麻疹ワクチンの安全性についても何十年と議論がありました。エイズや結核、マラリアというコモンな疾患に対するワクチンの実用化はようやく夜明け前と言ったところです。
2. そんな中で、新型インフルエンザです。まだ見つかって半年あまりのこの疾患、そして原因となるウイルスについて、我々は多くのことを知りません。予防接種については接種により抗体が産生されること、健康な方に接種するとわりと副作用が少ないことが分かってきました。国内産のワクチンについては、まだ有効性も安全性もまだまだ未確定です。effectiveness、本当のワクチンの持つ意味については、やってみないと分からないところも大きいでしょう。
http://news.goo.ne.jp/article/cabrain/life/cabrain-24359.html
国外の輸入ワクチンについても臨床試験の中間データが発表されたまでで、「抗体がある程度できる、健康な人を対象とすれば」「わりと安全」ということを我々は知っています。しかし、それ以上のことは知りません。
http://h1n1.nejm.org/?p=869
妊婦や基礎疾患のある方など、多様な方へのデータはまだ検証不十分です。抗体が出来ることと実際に感染症を防御したり、症状を緩和したり、入院・死亡といった大きなアウトカムに寄与するかどうかはまたべつの問題で、これにはもっともっと時間が必要でしょう。日本での臨床試験も始まったばかりです。
http://mainichi.jp/select/science/news/20091007ddm041040131000c.html
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=231405&lindID=4
集団発生の予防、となるとさらに不明確です。数学モデルにより、有効性X%のワクチンが基本再生算数Yの感染症に対して、人口何%に接種すると、どのくらい集団発生の防御に寄与するかを計算することが出来ます。しかし、我々はXもYも知りません。血液中の抗体産生と病気の予防はパラレルに動くと思われますが、同義ではないのでXを推し量ることは不可能ですし、実のところXは各人各様(あるいは地域の属性、社会の構造や有病率も関与します)で、よくて平均値しか出すことが出来ないでしょう。基本再生算数R0はいろいろな状況で大きく変動します。5月16日に2以上あった(流行が広がるモードだった)神戸の基本再生算数は17日には1以下(収束モード)に変じていました。これには、マスクや休校やあるいはいろいろな他の要素が関与していたと想像されますが、比較対象を持たない介入だったので本当のところは何とも言えません。
数学モデルは起こった事象の後付の説明は出来ます。しかし、「数学モデルは流行の将来像を予測するためにはあまり役立たない」(感染症疫学、昭和堂)のです。
専門家は、しばしば自身の専門性の無謬を主張します。非専門家は、非専門家であるが故にその瑕疵を論破するのが困難な立場にあります(不可能ではないです)。インフルエンザの専門家、といってもいろいろな専門家がいます。ウイルスの専門家がおり、疫学の専門家がおり、公衆衛生の専門家がおり、ワクチン学、免疫学の専門家がおり、感染防御の専門家がおり、薬剤開発の専門家がいます。地方、中央の行政担当者がいますし、そして、私のようなケチな臨床屋がいます。それぞれの専門家はその専門領域の外にある「新型インフルエンザ」をよく知りません。現象学的に俯瞰する眼を持っていれば、それはある程度払拭可能なのですが、それは理屈の話であって、感情や自尊心やプライオリティーのあり方などのノイズが入ると、皆で仲よく同じ方向を向いて、というのはなかなかに困難です。このことは、現場に発するメッセージにおける問題の原因の一つになっているでしょう。
一方、すこし視点を転じてみましょう。同じ根拠で、ある臨床家がウイルス学や疫学や公衆衛生学やワクチン学や免疫学や感染防御学や薬理学、さらには地方、中央の行政といった多様なパースペクティブをすべて俯瞰するのは極めて困難であると思います。あえて言うのならば、「私には見えていない新型インフルエンザの地平がある」という謙虚な自覚だけが、この誤謬を最小限にしてくれるように思います。私は、ウイルスの増殖のあり方やワクチンの具体的な製造法を経験を持って知ることが出来ません。霞ヶ関のあれやこれやの圧力や思惑や背後にあるねとねとした事情を全て察知することが出来ません。ネットでそのようなブラックボックスもだいぶ開陳されるようになり、空けてみたらそれほど崇高な天上物でもなかったな、ということも最近は多いですが、それでも全てを理解するのは、私には難しい。「見えていないものがある」という自覚だけが、私をこの問題に対して、それなりの正気を保たせています。
3.さて、そんな中で、誰がワクチンを優先的に接種されるべきか、について、「科学的に正しい」順番があるわけではありません。何を持って「基礎疾患」とよぶか、当然線引きをする基準はありません。日本の厚労省は非常にまじめですから、「基礎疾患とは何か、教えろ」と要望されて、その定義(案)を作りました。
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/infu090918-01.pdf
しかし、冷静になって考えてみれば容易に分かるように、ある人を接種すべき、しなくてよい、という線引きを「科学的」にするのは不可能です。もし科学的に、と言及されたとしたら、それは欺瞞を伴うものにならざるを得ません。例えば、肝硬変患者に対してワクチンを打つべきだ、という意見は「科学的事実」というより、「常識」に基づいた見解です。もちろん、こういうときに常識を重視するのは大事です。しかし、それを科学的言説と称してしまうのは問題があるのです。よくコントロールされた糖尿病患者は、厳密に言うと病気を持っていない人と新型インフルエンザのリスクは変わりないかもしれません。が、それを言っては訳が分からなくなってしまうでしょう。これらをすべて厚労省に厳密に定義させ、運用を強いるのは酷だと私は思います。
妊婦は危ない、とよく言われます。日本には今妊婦が65-100万人くらいいるそうです(会議で開陳されたデータでの数字です。その根拠を知りません)。さて、9月の時点で、概算ですが、定点観測からだいたい85ー125万人近くの新型インフルエンザが発症したと推計されています(東北大学の森兼先生や神戸共同病院の上田先生による)。では、その「危ない」妊婦が新型インフルエンザで何人入院し、何人死亡したでしょう。
答えは、9月29日の時点で、入院は7人、死亡者ゼロです。厚労省のウェブサイトは、ややこしくて見づらいですが、結構いろんな貴重なデータを手に入れることが出来ます。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/rireki/091002-02.html
さて、7人入院で死亡者ゼロの妊婦です。本当にリスクグループなのでしょうか。しかも、妊婦である、というだけで「いちおう妊娠しているし、入院して経過観察」という例もあるかもしれません。
もちろん、報告から漏れた例もあるでしょう。妊婦さんが報道を受けて普通の人より手洗いやマスクなど予防を徹底して発症をより予防しているのかもしれません。しかし、妊婦は危ない、と称するだけの決定的なデータを我々は持っていないのです。言葉だけが、一人歩きをしている。
もちろん、妊婦をないがしろにして良いことはありません。妊婦が入院すると隔離が大変ですし、高熱は早産を起こすかもしれず、母子感染が懸念される新生児をNICUに入れるのには感染管理上たくさんのリスクが伴います。だから、私も妊婦は徹底的に新型インフルから守るべきだと思っていますが、だからといってそれを「妊婦は危ない」という簡単なキャッチフレーズに変換させてはならないと思います。
米国では妊婦の死亡例が出ていますが、それは「妊婦だから死亡した」のかどうかの検証なしでの事例に過ぎません。入院率は一般よりも高かったですが、これも「妊婦だから入院しとくか」の懸念は払拭されていません。米国では日本よりたくさんの死亡例が報告されていて、9月下旬で1000人近くが死亡しています。妊婦がそれにどのくらい寄与しているか分かりません。そこで、論文の結論も、might be at increased riskと留保された表現になっています。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2809%2961304-0/abstract
http://www.cdc.gov/h1n1flu/updates/092509.htm
4.そこで、死亡のリスクの話になりますが、
a. 新型インフルエンザは季節性インフルエンザより死亡率が高い
b. 日本では、外国より新型インフルエンザの死亡率が低い
c. タミフルを早期に投与することで日本の新型インフルエンザの死亡率は低くなっている。
という言説がしばしば聞かれます。それぞれ、本当なのでしょうか。
季節性インフルエンザの死亡者はおもに高齢者に起きます。その死亡率は、社会のあり方やワクチンの接種率など多様な条件によって変動します。冬の超過死亡が計算されています。
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/inf-rpd/00abst.html
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1955.html
超過死亡は年によってばらばらです。「数倍」差があります。人口変動の少ない最近の数年をとっても、大きく違います。2004-2005年では1770万人の患者、15000人程度の死亡者と推計されているので、死亡率は0.09%と計算されますが、他の年では超過死亡はずいぶんと違いました。2003-2004年では2400人しかいなかったのです。年によって6倍程度の開きがあるのです。
http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/321/tpc321-j.html
http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/309/tpc309-j.html
http://idsc.nih.go.jp/iasr/25/297/tpc297-j.html
つまり、一緒くたに季節性インフルエンザの死亡率が何パーセント、と言い切れないのです。
ただし、粗死亡率をみると、インフルエンザの超過死亡が増えても減ってもそんなに日本の死亡者に大きな変動は見られません。スペイン風邪の時は大きかったですが、アジア風邪、香港風邪ですら、日本の人口に変動を与えるような超過死亡は起こしていなかったのです。前者は実数、後者は「率」なのも要注意です。
http://georgebest1969.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0c15.html
さて、死亡率(あるいは死亡割合)を計算するには分母が重要になります。季節性インフルエンザにしても、新型インフルエンザにしても、その分母が充分吟味されないままに「高い」「低い」という議論が行われてきました。直接比較は従って難しいです。例えば、先の0.09%というのは病院を受診した臨床的には新型インフルエンザと思われた、、、というのが分母のもととなっていますから、無症状者や未受診のものは外されています。最近は、symptomatic case fatality rateという言葉もあるのですが、それでも受診の有無という問題は変わりありません。
サンプル数からの推計値ですから、この0.09%にも信頼区間が存在します。0.09という数字は大きく変動すると思います。
新型インフルエンザの日本での死亡率は、報告されている20人を分子にし、推計の100万人くらい(「受診者」の定点観測からの推計値)を分母にすると、0.002%の周辺、ということになります。季節性インフルエンザと比較すると、むしろ低いと言うべきでしょうか。いや、信頼区間を考えると、そうとは言い切れないと思います。いずれにしても、結論としては、新型インフルエンザが季節性インフルエンザより死亡率が高い、あるいはその逆、ということを明解に示したデータは皆無です。この部分について、我々は素直に「よく分からない」とすべきです。ただ、新型インフルエンザの死亡率は、(他と比較して同価は知りませんが)低い、ということは言えるのでないでしょうか。
当初、0.4とか0.5%といわれた新型の死亡率ですが、アメリカでも修正がなされています。
http://knol.google.com/k/anne-m-presanis/the-severity-of-pandemic-h1n1-influenza/agr0htar1u6r/16?collectionId=28qm4w0q65e4w.1&domain=knol.google.com&locale=ja&position=2#
症状のある方を分母にしていますが、sCFRは0.02から0.09%の間です。
国別での比較は、それぞれ計算する土台となる分母が異なるので、直接比較は困難だと私は思います。
さらに、地域間で比較しようと思えば、本当は、流行している人口のマッチングなど統計操作が必要です。若くて元気な患者層と、そうでない患者層が居た場合、その死亡率を直接比較して「A国とB国の違い」とは言えないでしょう。国別の死亡率の高い、低いを議論するのは難しいのです。
ましてや、タミフルが日本における死亡率を下げている、という根拠は(仮説はありですが)、どこにもありません。
5.タミフルを誰に出すべきか。
季節性インフルエンザについてのタミフル、リレンザの効果についてはすでに前向き比較試験があります。新型インフルエンザについては、私の知る限り皆無です。
ある、日本のドクターのコメント
「新型インフルエンザなんて怖くないよ。タミフル出したら、みんな2,3日で良くなったよ」
ある、香港の家庭医のコメント
「新型インフルエンザはそんなに怖がっていません。タミフルを出さない人が7割くらいですが、みんな2,3日で良くなっています」
新型インフルエンザの問題に対して、我々は都合良く、あちらでは「季節性インフルエンザのデータ」を応用し、こなたでは「季節性インフルエンザとは違う」という言い方をして巧みに使い分けてきました。この辺の曖昧さについてももっと自覚的であるべきだと思います。
治療薬に関して、我々は新型インフルエンザにどのくらいの効果があるのか、何も知りません。WHOやCDCは全例に薬を出す必要はない、といい、感染症学会や英国は出せといいます。どちらが正しいのか、それは今のところ誰にも分かりません。これは、「どちらが正しいか」という命題ではなく、「何の価値をより重視しているか」という価値観の問題です。CDCと感染症学会では、もっているデータは同じです。より大事に思っている価値観は異なるのです。個々の専門家についてもこれは同様でしょう。私は、これは人として自然なことだと思います。
したがって、WHOとCDC,それと感染症学会の見解が異なるのはけしからん、ということはありません。いろいろな見解が専門家の間で出てくるのは、専門家のレベルのどちらかが高く、どちらかが低い、という意味ではありません。まだ生まれて半年あまりの新型インフルエンザ、前向き試験がない新型インフルエンザ。治療薬のあり方については不明点があまりにも多いのです。だから、異論が噴出するのは無理もないと思います。
というわけで、私の意見と異なる専門家に対して、その人が間違っている、と私は主張しません。私の正当性はどこまで担保できるかは自分ではよく分かりませんが。
ただ、せめて専門家には「分かっていないことが多いので、あくまで意見としてですが」という留保を持ってコメントしていただきたいと思います。科学的真実である、とかあるいはそのように解釈されるような言い方をするのは問題だと思います。
感染症学会は全例にタミフルを推奨していますが、さすがに「それが絶対に正しい」と断言するには至っていません。本文をよく読むと、「抗インフルエンザ薬の投与の適応は、原則的に各々の医師の裁量で行われる」と明記されています。
http://www.kansensho.or.jp/news/pdf/influenza_guideline.pdf
6.検査はだれに、何をすべきか。
各検査の感度、特異度を考え、検査前確率を考える。そのあとは、何故検査をするのかを考えます。また、検査を行うことによる医療者への曝露や、検査キットの兵站学、検査をしないでタミフルを投与することによるコストや副作用のリスクなどいろいろなことを考えるでしょう。いずれにしても、治療がどうあるべきか、とリンクして検査を考えなくてはならないので、全例タミフルを出す、と決めている場合に、あるいは出さない、と決めている場合に検査をしてもしなくてもあまり何かがもたらされることはないでしょう(研究目的を除く)。
私(岩田)はどうしているか。基本的に、臨床試験以外での診療では、基礎疾患がある、重症感があるなどあれば抗インフルエンザ薬を、リスクが小さければ患者さんと相談して考えています。迅速検査をするときもあればしないときもあり、PCRまでもっていくこともあればしないこともあり(外来ではほとんどしない)、タミフルを出すときも出さないこともあります。たぶん、100%これ、と一律に一方法を決めてしまうのは、問題だと思います。
なにしろ、よく分からないことが多いこの疾患です。患者さんとの対話、患者さんの価値の確認こそが、こういうときは求められるのではないでしょうか。参考に、亀田総合病院のガイドラインをお示しします。なかなか良くできていると思います。
【外来患者におけるインフルエンザ 】
・表1に示す合併症の高リスクの患者には、原則的にオセルタミビルまたはザナミビルによる治療を推奨する(1, 8)。アウトブレイク初期の報告で、BMI 30以上の肥満も死亡のリスクとされ、これも高リスクに含めた(2)。いったん治療すると決めたら、治療はできるだけ早期に(発症から48時間以内が望ましい)開始するべきである。
・高リスクにあたらない生来健康な5歳以上の小児や65歳未満の成人で、入院を要しない軽症患者に対しては、患者との相談の上、抗ウィルス薬を投与するかどうかを決める。この患者層については、WHOやCDCは抗ウィルス薬の投与を推奨していないが(1, 8)、日本感染症学会は投与を推奨している(9)。抗ウィルス薬による重症化予防の可能性はあるが、有効性を示すデータはまだ乏しく、なんともいえない。薬剤の副作用(腹痛、下痢、悪心などの消化器症状が主で、稀にアナフィラキシーなどのアレルギー反応。因果関係は不明だが、国内では10代を中心として異常行動の報告がある)を説明した上で投与を希望するかたずねる。
・外来患者で発症から48時間を超えて受診した場合には、有効性は低いであろうことを説明し、投与の希望をたずねる。
・インフルエンザ患者(疑いを含む)で肺炎を疑うような徴候(呼吸困難、頻呼吸、低酸素血症)があれば、速やかに抗ウィルス薬と必要に応じて抗菌薬を投与するべきである(8)。
http://docs.google.com/View?id=ddbrbpz7_0g438bchc
7.プロの臨床医はいかにあるべきか。
不明確なことが多い新型インフルエンザですが、それはこの疾患がこれだけ歴史の浅いことを考えると、当然と言えると思います。今後の流行のあり方や「強毒化」の懸念、第二波はいつくるのか、そもそも来るのか、第三波は?患者は何人出るの?正確な予測は不可能です。過去のパンデミックの歴史を振り返っても、波のおき方は年によって、地域によってバラバラです。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶという言葉がありますが、歴史は「未来予測」がいかに困難かを教えてくれます。
http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMp0903906
このような不明確な状況の多い中で、現場の診療医はどうあるべきでしょう。情報は当然集めるべきでしょう。そして吟味すべきでしょう。「妊婦は危険」のようなスローガン的なキャッチコピーには要注意です。言葉だけの一人歩きは多く、実際にデータを見るといろいろと異なる側面が出てきます。
厚生労働省は臨床の素人です。素人にプロの臨床医が診療のあり方を指図してもらってはいけません。某市のある会議で、診療医のひとりが「薬の出し方について行政がきちんと指針を出して欲しい」とおっしゃっていましたが、私はとんでもない話だと思います。プロがアマチュアに教えを請うなんて、プライドも何もあったものではありません。基本的に、他の全ての病気についてそうであるように、現場における診療のあり方は最終的には現場で決めるべきだと思っています。厚生労働省(という一つの人格があるわけではないですが)だってそれを望んでいるはずです。
感染症学会も新型インフルエンザについて見解は持っていますが、真理を持っているわけではありません。誤解のないよう弁解しておきますが、私は感染症学会のこれまでの行動をとても高く評価しています(私も会員ですが、実際に新型インフルエンザについて行動しているのは一部のワーキンググループです。私には意見する権限があり、また意見は申し上げましたがプロダクトそのものは作っていません)。これまで社会的なコミットメントがほとんど皆無だった感染症学会がこのように世の中の役に立とうとガイドラインを発表したことに対して素晴らしいことだと思っています。各論的には意見の異なる部分もありますが、それは、「当たり前」なことなのです。同じ科学的バックグラウンドから異なる見解が出てくることなど、よくあることなのです。
shared decision makingという言葉があります。私は、新型インフルエンザの診療の時こそこの言葉が重要な意味を持っていると思います。曖昧模糊としたこの疾患にどういう態度で臨むか、各臨床家が見識を持っているのは自然なことであります。でも、よく分からないことは多い。患者さんは新型インフルエンザについて我々ほどの情報を持ってはいないでしょう。でも、病気について、薬について、ワクチンについて、予防について、いろいろな価値観を持ってはいると思います。ぜひ、それは問うてみるべきだと思います。
ここまで長い文章を読んでいただいた方が少しでもいれば、とても嬉しいです。ありがとうございました。
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