注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
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「ステロイドの服用は、人工血管感染症の発症率に影響を及ぼすか?」
人工血管感染(VGI)の危険因子について報告は少なく、さらにステロイドの服用について言及した研究は下記のCatherineら 1)の報告のみだった。
Catherineらは2012年7月から2014年11月までの間に腹部および下肢の血管再建術を行った患者223例の電子カルテを集め、感染の危険因子を特定するためカイ二乗検定を用いた後ろ向き研究を行った。危険因子は文献と血管外科専門家の意見からステロイド服用を含む28の因子を想定し、危険因子の有意水準はP=0.05、信頼区間は95%と設定した。結果、全223例のうちVGIは全体の15%である33例となり、また33例中17例が男性、33例の患者の平均年齢は60.9歳であった。ステロイドの使用については、有意差があるとは言えず、ステロイドとVGI発症の関連性については不明という結果になった。関連性が示唆された因子は、糖尿病の合併、HbA1c≧7%、血糖値≧180、追加の外科処置、術後のADL低下(車いす)、術中の止血剤の使用と術中の低酸素血症、熟練した看護施設または急性期のリハビリ施設への転院、不定期の外来フォローの9つの因子だった。本研究の限界については、術後30日以上経過してからVGIを起こした可能性のある患者については評価できていない点、人種差や、現場の医療スタッフ入れ替わりによる影響を考慮できていない点を挙げられている。
確かに、腹部大動脈術後のVGIについては3か月以内の発症が多いとされている。しかし、頻度は低いものの、1年以上を経て発症することもあるとされる。 2) また、血行感染性のリスクが最も高いのは術後2か月未満であり、2か月以降は、時間経過と共にグラフトの内皮化が進むに従い頻度が減っていくとされる。いずれにせよ、追跡期間を延長することで人工血管感染におけるステロイドの影響を検出できるかもしれない。
また、Catherineらの研究では危険因子の候補に含まれていなかったが、現在までに判明しているその他のリスク因子は、術中の汚染が最多で、次いで創部または腹腔内、骨盤内膿瘍からの細菌感染とされている。特に創部感染の ORは5.1(95%CI 1.6-16.2)と報告されている。
菌血症はVGIの発症のリスクではあるが、頻度は術中の汚染や創部感染に比べると少ない。消化管や尿路、歯科処置による一過性の菌血症でも起こりうるという報告もあるが、更に稀とされる。ステロイド服用が創部感染や菌血症にどの程度寄与するかについて明らかにした報告は調べた範囲ではみつからず、ステロイドが間接的にVGI発症に影響を及ぼしているかについて検討された研究においてもその関係性について明らかにはなっていなかった。 3)
以上より、「ステロイドの服用は、人工血管感染症の発症率に影響を及ぼすか?」 については関連性を評価した報告に乏しく、感染の発症率にステロイドが影響を及ぼすかは不明である。少なくとも術後30日以内に発症する感染については、ステロイドの服用が危険因子となっている可能性は低いと推測するが、術後1年以上の期間を含めた上での評価が必要と考える。
参考文献
1) Catherine R. Ratliff, David Strider, Tanya Flohr et al. J Wound Ostomy Continence Nurs. Vascular Graft Infection-Incidence and Potential Risk Factors. 2017;44(6):524-527
2) Walter R. Wilson, MD, Chair, Thomas C. Bower MD, Mark A. Creager, MD, FAHA et al. Vascular Graft Infections, Mycotic Aneurysms, and Endovascular Infections -A Scientific Statement from the American Heart Association. 2016:134:00-00.
3) David G Armstrong, DPM MD, PhD, Andrew J Meyr, DPM. Risk Factors for Impaired Wound Healing and Wound Complications. May 16, 2018
寸評:ちょっと?なテーマでしたが、読んでいるうちに意味が分かりました。良い設問です。
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