胸骨正中切開の固定法により胸骨感染症のリスクは変わるか

注意！　これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。

２０１６年７月１５日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計５時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、５時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。

また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。

あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。

ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで

 

胸骨正中切開の固定法により胸骨感染症のリスクは変わるか

　心臓手術において、近年低侵襲アプローチが増えているが、尚も胸骨正中切開が主流である。術後の固定法は、ステンレスワイヤーで胸骨の4ヶ所を8の字に固定する方法が一般的である。深部胸骨創感染(DSWI)は稀(0.3-5%)であるが、一度起こると死亡率は10-14%と報告されている。現在DSWI等の感染症の発生を防ぐため様々な胸骨固定のデバイスが開発されている。その中でcabling systemに注目し、その有用性を考えた。

　Ben Dunneらは273例の心臓手術を胸骨正中切開で受け従来の方法で固定された群と、cabling systemで固定された群にランダムに分けて比較している。後者ではthe Pioneer cabling system® で4ヶ所を8の字に固定している。2群の患者背景には有意な差は無かった。Cable groupでは術後の抜管が若干早かったが(9.7 hour vs 12.8 hour、p=0.03)、入院期間や痛みには有意差は無かった。DSWIはwire groupで0.7％、cable groupで3.7％発生し(p=0.12)、この2群でDSWIの発症率に有意差は無かった。DSWIの発症率は非常に低く、統計学的に有意差が無いとするには、より大規模なデータが必要であると考える。

Meghan M. Stellyらは2010年から2014年に行われた609例について、従来の方法で固定された309例のGroup Aと、ワイヤーに加えてケーブル(ZipFix, DePuy Synthes GmbH, Oberdorf, Switzerland)で3ヶ所を胸骨の短軸の周に沿って固定された300例のGroup Bを後向きに比較している。2群の患者背景には有意な差は無かった。DSWIの発生率がGroup Aは2.6%(n=8)、Group Bは0%(n=0)であった(p=0.008)。従来のステンレスワイヤーを用いた方が優位にDSWIの発症リスクが高かった。その他のアウトカムに有意な差は無かった。Group Bはワイヤーとケーブルを併用した方法で、それにより胸骨固定の安定性が増し胸骨離開が減った(7例vs1例、p=0.07)たためDSWIの発生率を下げたと考えられるが、ケーブルのみのDSWIの発症リスクに関する有意性を言えたわけではない。

今回その有用性を検討したケーブルと比較して、従来のワイヤーによる固定法がDSWIの発生率を上げる可能性は示されているが、その他にワイヤーを使うことにより明らかに有害事象が増えるとは言えない。今日まで長く用いられ使用法も確立されているワイヤーは今後も用いられるだろう。また、新しいデバイスの目指す方向性は、胸骨固定の安定性を増すことであると考えられる。

参考文献

Up To Date; Surgical management of sternal wound complications; Feb 02, 2017

Ben Dunne et al.; Sternal cables are not superior to traditional sternal wiring for preventing deep sternal wound infection; Interactive Cardio Vascular and Thoracic Surgery 22(2016)

Meghan M. Stelly et al.; Reduction in deep sternal wound infection with use of peristernal cable-tie closure system: a retrospective case series; Journal of Cardiothoracic Surgery (2015)

 

寸評：命題から、回答、方向性を示すという、上手なまとめ方でした。