注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科BSLレポート「抑うつは疼痛の程度に関係するか?」
日本神経治療学会による慢性疼痛のガイドライン1)では「慢性疼痛ではうつ状態や心理的ストレスが病状を修飾することが少なくなく,逆に慢性疼痛がうつ状態を誘発し悪循環となることも多い.」とされている。今回私は抑うつが疼痛感受性に具体的にどのように関与しているのかについて調べ、検討した。
2006年のArnowらによる大規模横断調査2) (n=5808)では、うつ病の有病率は7.1%(n=413)であり、慢性疼痛を有する率はうつ病群と対照群で66% vs. 43%であり、そのうち動けないほどの痛みを有する率は41.2% vs. 10.4%であった。
2003年のBairらによるレビュー3)では以下のようなことが明らかになった。うつ病患者の中の痛みの有病率は平均65%(15%-100%)である。疼痛にうつ病を併存した患者では痛みの訴えが多くなり、痛みの強度は増し、痛みの症状の増幅は増え、痛みの持続期間も長くなる。疼痛とうつ病の両方があると遷延性の痛みを有し、回復しない傾向がある。うつ病を有していると将来疼痛を来すことが予想される。
2016年のHermesdorfらによるうつ病群735人と対照群456人を対象とした研究4)では、疼痛の閾値を表すPPT; pressure pain thresholds と強度を表すPSQ; Pain Sensitivity Questionnaire-minor subscore(日常生活における疼痛の強さの評価方法)を指標として用いた。結果、PPTはうつ病群の方が10%低くなっていたが、調整解析を行うとうつとPPTに関連は見られなかった(PPT ratio 0.98 [95%CI=.87-.99; P=.02])。うつ病の身体症状である睡眠の質の低さ、運動レベルの低さ、また疼痛の原因を持っていることはPPTを低くする因子であった。PSQ-minorは調整解析後の平均値が3.20 vs 2.90とうつ病群で著しく高くなっていた(P< .01)。また、疼痛の原因を持っていること、睡眠の質の低さもPSQ-minorスコアを高くする因子であった。
また逆に、2009年のKroenkeらによる、筋骨格系の疼痛とうつ病を併せ持つ患者を介入群123人と通常治療群(抗うつ薬治療を行った患者も含む)127人で治療効果を比較したRCT5)では、12週間の最適化抗うつ薬治療→12週間の自己疼痛管理プログラム(計6回)→6ヶ月の治療持続期という介入を行うことで12か月後、うつ病の重症度(20-item Hopkins Symptom Checklist)はより大幅に改善し(群間差 -0.44, 95%CI -0.62~-0.26)、疼痛の重症度(Brief Pain Inventory severity)もより大幅に改善していた(群間差 -0.98, 95%CI -1.48~-0.47)。
以上より、抑うつは疼痛の強度や遷延性を増し、回復困難にさせると考えられる。しかし、二つの因果関係はうつにより疼痛が増強されること、また疼痛によりうつ状態がもたらされることの両方がある為明らかにしがたい。また、うつ病の身体症状の睡眠の質や運動レベルの低下も疼痛に関与するため抑うつ単体が疼痛に及ぼす影響の評価は困難である。また最適化抗うつ薬治療と自己疼痛管理を行うことで抑うつと疼痛の双方を改善できることも分かった。抗うつ薬の疼痛に対する純粋な寄与、疼痛の改善が直接的影響なのか抑うつの改善を介した間接的影響なのかということ、また薬剤間の違いは今回調べた研究では明らかになっていない。
臨床上は難しいであろうが、うつ病患者の中で、様々な身体症状の有無や抗うつ薬治療の有無・種類で群に分けた上で健常者と比較した研究があれば今回の疑問に対する答えはより明白になるだろう。
参考文献
- 日本神経治療学会治療指針作成委員会編「慢性疼痛」https://www.jsnt.gr.jp/guideline/mansei.html, 2010
- Arnow BA, et al. Comorbid depression, chronic pain, and disability in primary care. Psychosom Med. 2006 Mar-Apr;68(2):262-8
- Bair MJ, et al. Depression and pain comorbidity: a literature review. Arch Intern Med. 2003 Nov 10;163(20):2433-45.
- Hermesdorf M, et al. Pain Sensitivity in Patients With Major Depression: Differential Effect of Pain Sensitivity Measures, Somatic Cofactors, and Disease Characteristics. J Pain. 2016 May;17(5):606-16. doi: 10.1016/j.jpain.2016.01.474. Epub 2016 Feb 9.
- Kroenke K, et al. Optimized antidepressant therapy and pain self-management in primary care patients with depression and musculoskeletal pain: a randomized controlled trial. JAMA. 2009 May 27;301(20):2099-110.
寸評 非常によく議論されています。良いレポートですね。
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