以下のレターをJapanese Journal of Antibioticsに投稿したが、「当誌はLetterというカテゴリーを設けておらず」との理由でボツになった。というわけで少し直してブログにアップする。
こういうプラクティス(前後関係と因果関係のシンプルな取り違え)がいまだに行われているのも大きな問題だが、JJAを出している公益財団法人 日本感染症医薬品協会の理事がこのレターで問題にした論文著者だし、また理事に製薬業界から何人も入っていて、JJAそのものが利益相反ありありである。できればラジオNIKKEIのほうのリンクも読んでいただければ、問題の本質と深刻さは容易にご理解いただけると思う。いまだに日本感染症界はこのへんなのである。
テビペネム・ピボキシル、トスフロキサシンが小児肺炎入院率を下げたのか
岩田健太郎1)
1) 神戸大学医学部附属病院感染症内科
尾内らはレセプトデータによる小児肺炎入院率が2010年以降減少していることから、前年発売されたテビペネム・ピボキシルとトスフロキサシンが入院率の減少に「寄与していることが示唆された」(162p)と主張している1)。尾内は他でも「小児肺炎の入院が著しく減ったのは結合型肺炎球菌ワクチンの影響というよりは、新規経口抗菌薬2剤テビペネムピボキシル、トスフロキサシンの肺炎治療の影響のほうが大きいことが分かりました」と述べている2)。しかし、このような解釈には極めて慎重な検証が必要であり、提示されたデータをもってそのように結論することはできない。
尾内らが図示したのは抗菌薬発売と肺炎入院率減少の前後関係にすぎない。それが因果関係であると主張されるためには、両抗菌薬が導入されなかった集団(対照群)が設定されねばならない。尾内らが示す図5は両抗菌薬の使用量を直接示したものではないが、少なくともこの図から推察されるのは、テビペネム・ピボキシルは発売以降小児肺炎に対する処方量は一貫して低いままだということであり、トスフロキサシンのシェアが大きく伸びたのは2011年度以降だということである1)。2010年度に急峻に小児肺炎の入院率が低下した理由とするには論拠が乏しい。
近年の研究では小児の市中肺炎の原因にウイルスの寄与するところが大きいことが示唆されている3)。2009年はH1N1インフルエンザウイルスによるパンデミックが起きた年である。日本では小児を中心にこのウイルス感染症に罹患した。翌年も同じA/H1N1pdm09亜型は流行している4)。過去のH1N1感染による免疫獲得が小児呼吸器感染症の発症や重症度に影響した可能性は高い。加えて同年以降はインフルエンザワクチン接種率も高まっている5)。また、当時非常に耳目を集めた本感染症以降、日本の保護者の間で小児呼吸器感染症に対するアウェアネスは高まった可能性は高い。その結果、呼吸器感染症の早期受診・早期治療が予後に影響した可能性もある。抗インフルエンザ薬の多様化、普及の影響も無視できない。
肺炎球菌ワクチン(PCV7)やインフルエンザ菌b型ワクチン(Hib)の接種が定期化されたのは2013年だが、PCV7が発売されたのは2010年、Hibが発売されたのは2008年のことである。尾内らはPCV7が導入される前(2010年)から市中肺炎入院率が下がっていることを根拠に2種の抗菌薬の寄与が大きいと主張しているが1)、それならば、より以前に導入されたHibの寄与も同じ根拠で捨象できないはずだ。
抗菌薬の適正使用と耐性菌対策は現在の、そして将来の小児感染症に対峙する上で極めて重要である。精緻な議論のないまま徒に広域抗菌薬の使用を促すような尾内らの論調はミスリーディングである。筆者は広域抗菌薬による肺炎治療効果を全否定するものではないが、その効果を論ずるにはさらなる臨床医学的検討が必要である。本稿執筆時点(2015年8月12日)で両抗菌薬の小児肺炎に対する効果を検証した前向き比較試験を検索したが(PubMed ,医中誌)、1つも見つけることができなかった。また仮に、将来そのような精緻な臨床試験で両薬の肺炎に対し既存薬を上回る治療効果が認められたとしても、耐性菌対策とのリスクと利益を無視するわけにいかない。いずれにしても現段階で両抗菌薬の寄与をことさらに喧伝することは許容できないと考える。
なお、川崎医科大学が公表している文書によると、著者の尾内氏は平成25年度にオラペネム(テビペネム・ピボキシル)を発売した塩野義製薬とオゼックス(トスフロキサシン)を発売する大正富山医薬品株式会社より奨学寄附金を受けている7)。砂川氏も大正富山医薬品株式会社から講演料を受け取っている8)。テビペネム・ピボキシルの臨床試験の筆頭著者でもあり、トスフロキサシンの臨床に関する研究の著者でもある。本稿の末尾に「利益相反:なし」と記すのは事実に反する。
文献
1) 尾内一信、砂川慶介: 小児肺炎の外来治療における新規経口抗菌薬の影響。Jpn. J. Antibiotics 67:157~166, 2014
2) 尾内一信: 最近小児肺炎の入院が少ないのは、ワクチンの効果? ラジオNIKKEI 小児診療UP-to-DATE. 2015年6月24日放送。http://medical.radionikkei.jp/uptodate/uptodate_pdf/uptodate-150624.pdf (閲覧日2015年8月12日)
3) JAIN S, WILLIAMS DJ, ARNOLD SR, et al. Community-Acquired Pneumonia Requiring Hospitalization among U.S. Children. New England Journal of Medicine. 372:835–45, 2015
4) 国立感染症研究所。インフルエンザウイルス分離・検出速報 http://www0.nih.go.jp/niid/idsc/iasr/Byogentai/Pdf/data2j.pdf (閲覧日2015年8月12日)
5) インフルエンザ診療Next. 日経メディカル. 2012年
9月10日 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/flu/vaccine/201209/526688.html (閲覧日2015年8月12日)
7) 川崎医科大学 利益相反委員会 平成26年度厚生労働科学研究費
に係る利益相反についての情報開示 (平成27年2月26日)https://www.kawasaki-m.ac.jp/med/kenkyu/document/kaiji_26-04.pdf (閲覧日2015年8月12日)
8) MRSA感染症の治療ガイドライン作成委員会(編)。MRSA感染症の治療ガイドライン。日本化学療法学会・日本感染症学会, 2013
Did tevipenem pivoxil and tosfloxacin really decrease hospitalization due to pneumonia in children?
Kentaro Iwata 1)
1) Division of Infectious Diseases, Kobe University Hospital.
This is a letter to rebut the theory by Ouchi et al. regarding the attribution of broad spectrum oral antibiotics; i.e. tebipenem pivoxil and tosufloxacin. They demonstrated the decline in hospitalization by pneumonia since 2010, after introduction of both antibiotics, but they did not distinguish between causal-relaitonship and anteroposterior relationship. Overuse of broad spectrum antibiotics, such as carbapenems and fluoroquinolones might impair antimicrobial stewardship and may result in further increase in resistant organisms in Japan. Herein, the author discuss this issue and propose potential other factors, which could explain the phenomenon.
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