雑誌「総合診療」に寄稿した文章です。
こんなとき、「こんなときフィジカル」
漫画は世界に誇る日本独特の表現媒介である。それはアメコミやフランスのバンド・デシネとも異なる、実にオリジナルなもので、ここ数十年その独自性はさらに先鋭化、多様化を見せている。
多様化の一例が「学習漫画」である。これも昔は通俗的な子供向けのものだったのだが、石ノ森章太郎の「マンガ日本経済入門」あたりからその質が飛躍的に向上し、学習媒体としても作品としても楽しめるものが増えてきた。我々は漫画で食べ物を学び、スポーツを学び、歴史を学び、どこぞの政治家のように国際情勢も学び、(なんと)音楽まで学ぶ。だから、医学を漫画で学んでいけない理由もないだろう。
他方、フィジカル(身体診察)学習方法も近年飛躍的に進歩している。その理由はなんといってもYouTubeだ。教科書では理解し難い心音や神経、筋骨格系の診察手技に至るまで容易に理解できる。もちろん、優れた指導医にベッドサイドで教えてもらうのが一番だろうが、いつでもどこでも繰り返し学習できるという点ではYouTubeに軍配が上がる。
しかし、通俗的な診断学のテキストにもモダンなYouTubeにも欠点はある。「いつ」その所見を探しに行くのか、そのシチュエーションがわからないのである。
そこで本書「こんなときフィジカル」である。その名の通り、どのような患者がどのようなプレゼンをしている時に、ある診察手技が有用であるか、シンプルなストーリーで明示している。漫画なので、YouTube同様、複雑な診察も容易に理解できる。ひとつひとつのストーリーは独立していて、様々な患者のフィジカルが論じられているが、全体としてのストーリーにも一工夫あり、研修医たちの成長物語として(自分になぞらえて)読むこともできる。
実際、フィジカルはストーリー抜きでは会得できないのだ。あ!!っと見つけた差し口から診断したツツガムシ病というストーリーが、次の不明熱患者でもソローな視診の動機付けになってくれる。
総合診療医にもっとも大切なのは「観察力」であると本書は説く(p160)。その観察力を育むのは「もっと観察したい」と思わせる好奇心である。その好奇心を生むのは、観察がもたらした成功体験(ストーリー)が高めたモチベーションだ。そのモチベーション・アップの瞬間を漫画の登場人物と疑似体験できるのが本書の特徴なのであり、それは類書では得られない感覚なのである。
本書が多くの学生や研修医の「あ!!」体験の助けになりますように。
最近のコメント