シリーズ 外科医のための感染症 18. 泌尿器科篇 前立腺炎とその周辺
もちろん、前立腺炎について泌尿器科の先生に意見申しあげるなんて、なかなかビビってできません。とはいえ、感染症屋目線でときにピットフォールになりがちなところもあるといえば、あります。その点だけ、かいつまんで申し上げます。
急性前立腺炎
一般的な細菌性(大腸菌)と、性感染症(STD)と、両方の可能性があるのが要注意です。サンフォードガイドにはいつも35歳未満で淋菌、クラミジア。35歳以上で腸内細菌科や腸球菌って書いてありますが、43歳になった岩田としては「バカにすんな」って感じです(何が?)。
診断は指一本の直腸診ですが、教科書に「PSAの上昇」とあって少しびっくりしました。「その目的」でPSAを測定するかなあ、て感じです(あがるでしょうけど)。
尿のグラム染色と培養検査はご案内で、これは再発時の対策も考えると是非やっておいた方がよいです。STDを疑ったら、淋菌クラミジアの各種遺伝子検査も行います。
治療はSTDなら定番のセフトリアキソン1g 点滴一回とドキシサイクリン100mg1日2回を10日間。細菌性であれば、岩田はあえて
バクタ4錠分2 1日4錠を10日間
を推奨します。日本の大腸菌のキノロン耐性率が高いためです(もちろん、医療機関ごとのアンチバイオグラムにもよりますが)。耐性菌情報は「あなたの」周辺事情を示すアンチバイオグラムを使うのが最良ですが、厚生労働省のJANISを用いてもよいでしょう(https://news.google.co.jp/nwshp?hl=ja&tab=wn)。
もちろん、シプロやクラビットといったキノロンが「だめ」ということはないのですが、将来のキノロンの感受性を残しておくためにも、結核などの誤診を回避するためにも、できれば「セカンドライン」にしておいた方がよいと思います。
前立腺炎は治療に難渋することがありますが、多くの場合は治療薬をコロコロ変えるのではなく、治療期間を延長することで対応できます。4〜6週間の治療を要することも珍しくありません。
あと、日本は今でもレボフロキサシンのジェネリックが300mg分3ですが、これは薬理学的に「間違い」です。ジェネリックの添付文書がブランド品に合わないという日本の医療政策のヘンテコっぷりが爆発ですが、しかたないので、クラビットを使いましょう。どうなってんねん、ほんま。
ちなみに、比較的珍しいですが、入院を要するような前立腺炎の治療の場合は
ユナシン(アンピシリン・スルバクタム)3g 4回
のような点滴治療が使えます。前立腺炎にはβラクタム薬が使えないと思われていることがありますが、そんなことはありません。炎症のある場合の前立腺はちゃんとβラクタムを通します。繰り返しますが、ユナシンの1日量は3x4の12gです。
ちなみに、日本にはカルバペネムとキノロンはたくさん種類があって、MRさんが「うちのキノロンは他のキノロンよりうんとかかんとか」とか言ってくると思いますが、微細な差に過ぎず、臨床的には意味がないと言うのが岩田の見解です。シングルアーム・スタディーで、「こんなに治りました」みたいなデータがあるだけで、きちんとした比較試験は、岩田が知るかぎり皆無です。
内科医たちもよく振り回されていますが、MRの意見に診療を振り回されるのは、プロの医者としてはいかがなものか、というのが岩田の意見です。そろそろ、製薬メーカーから医療情報を提供される、という日本の悪しき文化からは退却しないと、またディオバン事件みたいなことが起きますよ、ほんと。
慢性前立腺炎
慢性前立腺炎はやっかいな病気です。細菌性のこともありますが、非感染性のことも多く、そのなかには慢性骨盤疼痛症候群(chronic pelvic pain syndrome)という、(おそらくは)身体化表現性障害の一種も混じっています。
よく見るのが、こんなストーリー。
「生まれて初めて風俗に行って、その後性感染症が心配になって、前立腺がイタくなって、あっちこっちの泌尿器科に行って、検査は陰性なんだけど抗生剤もらって、全然よくならなくて、そうこうしているうちに変な耐性菌が検出されて、それを殺して、また不安がまして、ネットで情報を見ていたら怖い話ばかりで、、、、」
何度も繰り返しますが、「抗菌薬をとっかえひっかえ」はご法度です。なぜ何度も繰り返すかというと、そういうエラーは非常にコモンだからです。2回、3回と抗菌薬を替えて効果がないときは、「そもそも抗菌薬を使う、という方法論に問題があるのではないか」という内省的、反省的態度が重要です。
前医で何が行われたかを確認するのは絶対に必要です。このシンプルな問診すらとっていないことも多いのです。前医で2、3回抗菌薬を使用しているのに、その問診をとっていない。ひどいときには、フロモックスが出されていた(そしてよくならない)人にメイアクトを出したりしています。こういうのはやはりよくないと思います。
こういうときは、受診ー>抗生剤ー>また受診という悪循環を打ち切り、「感染症ではないですよ」という明快なメッセージを伝えて、抗不安薬や漢方薬や認知行動療法などを駆使して、この苦痛のサイクルを断ち切らねばなりません。ちなみに、神戸大病院感染症内科はこのような「感染症と『その周辺』」も守備範囲にしていますので、認知行動療法とか言われてもなあ、という先生はご紹介いただいても全然かまいません。ぜひご紹介ください。
細菌性慢性前立腺炎では最低6週間くらいの経口抗菌薬を用います。整形外科のときも申し上げましたが、小さいCRPの上り下がりには一喜一憂せず、抗菌薬をコロコロ変えないのが肝要です。
海外では、ホスホマイシンの効果が注目されていて、近年耐性菌を中心に使われることが多くなってきました。残念ながら日本のホスホマイシン(ホスミシン, fosfomycin calcium)は、海外のもの(fosfomycin trometamol)と異なり、消化管からの吸収が12%しかありません。これでも単純性膀胱炎程度なら効くかもしれませんが(Matsumoto T et al. Clinical effects of 2 days of treatment by fosfomycin calcium for acute uncomplicated cystitis in women. J Infect Chemother. 2011 Feb;17(1):80–6)、前立腺炎、とくに難治性の慢性前立腺炎では投与量を相当上げたり、(もしあれば)膿瘍形成時のドレナージがないとなかなかつらいと思います。
膀胱癌の治療でBCGを用いますが、この生ワクチンが慢性前立腺炎のような感染症を起こすことがときどきあります。結核同様に治療しますが、ドレナージの創が治りにくいなど、「結核特有の問題」が出てきたりして苦労します(Aust TR, Massey JA. Tubercular prostatic abscess as a complication of intravesical bacillus Calmette-Guérin immunotherapy. Int J Urol. 2005 Oct;12(10):920–1)。
精巣上体炎、精巣炎
成人における「純粋な」精巣炎はムンプスなどウイルス感染や結節性多発動脈炎などが原因のことが多いです。それ以外は精巣上体炎か、精巣上体の炎症が精巣に波及した(epididymo-orthitis)ものと考えます。どうでもいいですけど、精巣上体(epididymis)って発音しにくいし、スペルしにくいですね。これはepi-(なんとかの上)とdidymous (対になった)を合わせたものです。didymousはギリシャ語のdidymos(双子の)から来ています。diというのは二つ、の意味をもつ接頭辞ですから、di-dymosと考えれば、スペルミスしません。Online Etymology Dictionaryによると、紀元前3世紀のエロフィルスという解剖学者が造った用語だそうです(http://www.etymonline.com/index.php?term=epididymis)。
昔は精巣上体炎と精巣炎を身体診察で区別するのが大事だと思っていまして、さらにこれがすごく腫れ上がった場合は難しいなあ、と思っていたのですが、病因論的に「大人はムンプスやPNとかじゃなきゃ、精巣上体炎扱い」と割り切ってしまうと悩まなくなりました。でも、今でも身体診察で難しいな、と思ったときは泌尿器科の先生にお願いして一緒に診察してもらっています。
整形外科のときも申しましたが、ある種の身体診察の技術においては、外科系の先生にはかなわないなあ、とよく思うことがあります。もともと技術や訓練に対する敬意が高いせいもありましょうし、技術に対する才能ある集団だから、というのもあるかもしれません。
精巣上体炎は大抵細菌感染症です。やはりSTDのこともあり、腸内細菌などが原因のこともあります。だから、治療薬の選択原則は急性前立腺炎のときと同じですね。これも結核とかブルセラとかまれなものもありますが、そういうマニアックなのは感染症屋におまかせでよいと思います。
文献
Eyre RC. Evaluation of the acute scrotum in adults. UpToDate. last updated. Jan 2, 2014.
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