シリーズ 外科医のための感染症 15. 急性、慢性骨髄炎 椎間板炎 硬膜外膿瘍 糖尿病足感染
整形外科領域が他の領域と異なり「厄介」なのは、骨に細菌がくっついたら離れない、という問題にあると思います。骨についた菌は離れがたく、とくにブドウ球菌のようなメジャーな原因菌はねちっこくて離れがたく(こういうネチッとした存在、人間でもいますよね。「それはお前だ」というツッコミもありますが)、人工関節などの異物が絡むとさらに離れがたい、、いや、おそらくは離すのは不可能です(人工関節関連感染は後述)。
今回は、そういうねっちりした整形外科関連の感染症のお話です。
急性骨髄炎、慢性骨髄炎
骨髄炎は局所から、あるいは血行性に菌が骨にくっつき、感染を成立させることによります。小児の骨髄炎はとくに血行性が多いです。
「骨髄炎」というと骨髄の感染、というイメージがわきますが、英語ではosteomyelitis、すなわち「骨」と「骨髄」の感染症なんですね。ただ、日本語で「骨骨髄炎」と書いてしまうとコツコツしてゴロが悪いので、骨髄炎というわけ。
骨髄炎の分類には有名なWaldvogelとか、Ciery-Maderとかがありますが、実臨床ではほとんど使わないですね。どこの骨髄炎でも診療の原則はあまり変わらないので、こういう分類は学問的には意味があっても、診療上は「知らんでもええ」という感じです。
急性骨髄炎と慢性骨髄炎は単に時間経過の違いだけではありません。教科書にはいろいろ書いてありますが、厳密に何日以内だったら急性で、それ以上だったら慢性という区別は付けられません。腐骨を形成して血流がなくなり、抗菌薬治療だけでは治らなくなった状態を「慢性骨髄炎」と言うのです。周囲の軟部組織や関節に感染が波及していることもあり、また骨折部位の骨癒合なども困難になったりして、「ぐずぐずの」感染症になりがちです。
診断は、MRIが一番感度が高くてよいと思います。
血行性のものなら血液培養が有用です。2セットから黄色ブドウ球菌が検出され、骨髄炎があればこれが「原因」と断じてもほぼよいでしょう。
よくある失敗のパターンとしては、
1。血液培養をとっていない。
2。心内膜炎を見逃している。
3。培養前にフロモックスなどを漫然と使って訳が分からなくなってしまう
というものです。骨髄炎は長期戦なので、必ず原因菌を突止める努力をしましょう。血液培養で捕まえられないときは、骨培養、CTガイド下での穿刺培養など、局所の培養が大事になることもあります。とくに、結核性椎体炎、いわゆるポッツ病の見逃しはとてもイタいです。必ず結核を除外する意味でも確定診断が必要です。
ちなみに、ツベルクリン反応や、クオンティフェロン(QFT)といった結核菌に対する免疫学的検査は、「結核菌が体内にいる(いた)」ことを示唆しても、「その骨髄炎の原因が結核である」ことは証明してくれません。培養検査がなければ感受性検査もできず、感受性検査ができなければ、どの抗結核薬が有効なのかも分かりません。細胞性免疫の低下した患者さんだとツ反もQFTも偽陰性になりやすく、「検査が陽性でも陰性でも判断は同じ」ということもよくあります。Tissue is the issueの格言にもあるように、局所の培養検査を端折ってはいけないのです。
治療はすでに述べたescalationでいきます。エンピリックには「培養を取った後で」セファゾリンなどを用い、培養の結果を受けて必要なら抗菌薬を変更します。
急性骨髄炎なら治療期間は通常4~6週間、慢性なら抗菌薬治療だけでは治癒に至らず、デブリドマン、アンプテーションといった「腐骨の除去」が必要になります。手術適応のない高齢者などでは、半年から生涯といった内服抗菌薬で「抑えこむ」ことも検討されます。このときは、やはり「狭い抗菌薬」を優先させ、ケフレックス(セファレキシン)などを用います。ザイボックス(リネゾリド)などは、値段も冗談みたいに高いですし、数週間の使用で血球減少の副作用もよく起きますから、慢性骨髄炎の治療には適していません。
CRPは低めで低空飛行を続けたり、ちょっとあがったりさがったりしますが、こういう微細な変化に一喜一憂するのはよくありません。CRPが1あがるたびに抗菌薬をとっかえひっかえ、というのはよく見るプラクティスですが、前述のように
抗菌薬を替える
というプラクティスはたいてい間違っています。数ヶ月単位での大局的な検査結果の判断が重要です。また、CRPは陰性化する必要はないので、1くらいでくすぶっていても、ばしっと抗菌薬を切ってもかまいません。逆に、2週間くらいの治療でCRPが陰性化したとしても抗菌薬を切ってしまうのはご法度です。
ポッツ病やブルセラ症のような特殊な骨髄炎については、さっさと感染症屋に「まるなげ」が一番です。ブルセラってなんだっけ、ネットで調べて自力で治そう、、、とすると関係ないサイトが大量にヒットします。
椎間板炎、硬膜外膿瘍
骨髄炎の亜型、椎体炎(vertebritis)は、たいていは血流感染です。血液から椎間板に細菌がつきます。ここで椎間板炎(diskitis)が起きるのです。その上下の椎体を侵すので、MRIで見ると、ちょうどひな祭りの菱餅のようにツートンカラーな椎体を上下に見ることができます。前方椎体から破壊が進むので、いわゆる「gibbous」という状態を作ることでもよく知られています。gibbousとはもとは「せむし」の意味で、椎体前方が破壊され、それが楔状につぶれることで背中が丸くなってしまうのですね。結核菌によるポッツ病でも同じことが起こります。
椎間板炎の感染が硬膜外に波及すると「硬膜外膿瘍」(epidural abscess)となります。
すなわち、椎間板炎、椎体炎、硬膜外膿瘍は同じ感染症の連続的な概念で、その炎症の波及がどこまで進行するかによって分類するのです。形態的な違いはありますが、治療の基本は上述の通りで、同じです。もちろん、二次的な圧迫骨折や、硬膜外膿瘍による脊髄の圧排など物理的な問題については、内科的な治療は困難ですので整形外科の先生による外科的処置が必要になる可能性が高まります。これについては、もちろん釈迦に説法ですので岩田の方から申し上げることはありません。
糖尿病足感染
糖尿病患者は、高血糖などによる全身的免疫抑制のためにいろいろな感染症が起きやすいのが特徴です。尿路感染、胆嚢炎などいろいろ起きます。
最近では、SGLT2阻害薬と呼ばれる新しい糖尿病薬が注目されていますが、これは血中の糖を尿に積極的に排出させるという新しいメカニズムの薬です。そりゃ、すごいじゃん、と多くの医師が飛びつきましたが、尿糖が増えると尿路感染が起きやすくなるのが問題です。膣カンジダ症が増加することも臨床試験で示されています。内科系電子教材のUpToDateには「Given the absence of long-term efficacy and safety data, we do not recommend sodium-glucose co-transporter 2 (SGLT2) inhibitors for routine use in patients with type 2 diabetes.ーー>お薦めしませーん」となっています。でも、日本では長期予後とか無関係に糖尿病の新薬は売れるのが常なので、たぶん売れるのでしょう。
日本の内科医は新発売の薬にすぐ飛びつく悪いクセがあります。ディオバンにまつわるデータの捏造なんて、背景に温床は十二分にあるわけです。まあ、ここで外科の先生がたにグチっても仕方ないですけど。
さて、糖尿病と感染症で、特に問題になりやすいのが、diabetic footと呼ばれる足の感染症です。足の感覚障害と血流障害のために皮膚の損傷がどんどん進行し、そこに菌が入って感染症が起きるのです。
糖尿病足感染の診断のポイントは、それが「潰瘍や皮膚の破損だけ」なのか、そこに感染が起きているのか、を峻別することにあります。局所や全身に炎症所見があるのが原則です。熱、白血球、CRPといった全身所見、局所の熱感、紅斑、圧痛(ま、これはアテにならない、、、感覚神経やられてますから)、腫脹、膿が出てくるなど。こういった感染徴候がない場合は、抗菌薬の意味はありません。潰瘍は抗菌薬では治りません。
さて、「糖尿病足」のみならず、「感染」もあると判断した場合、よく見逃されている注意すべき点が二つあります。
1。潰瘍や皮膚のスワブ培養を「出さない」こと。
2。MRIなどで骨髄炎の合併がないことを確認すること
皮膚や潰瘍には常在菌がおり、それは感染症の原因菌と合致していない可能性が高いです。とるならば(とれるならば)、深部の膿瘍を注射器でとるなどをします。骨髄炎があると治療期間がずっと伸びますし、慢性骨髄炎ならばデブリが必要になるので、糖尿病足感染を疑ったら、原則MRIで骨髄炎の有無は確認しておく方がよいです。
さあ、糖尿病足感染の治療原則はやはり「狭くから広く」のescalation療法です。全身状態が悪いときはその限りではありませんが、最初はケフレックス(セファレキシン)などを使って治療効果を見ます。骨髄炎があるときはそれに準じて治療します。血流が悪いときはバイパス術やカテーテル治療、アンプテーションなど外科的治療が効果的です。悪臭があるときは嫌気性菌カバー?という意見もありますが、もともと足はそんなにいい臭いしませんし。もっとも、嫌気性菌の臭いは独特なので、「分かる人には分かる」ことはあります。点滴治療なら、セファゾリンとかユナシン(アンピシリン・スルバクタム)で始めることが多いです。
もちろん、原疾患の糖尿病の治療が一番大事なのは、言うまでもありません。糖尿病足は「作らないこと」が肝心です。
文献
岩田健太郎、土井朝子. 糖尿病患者の発熱へのアプローチ. In. IDATEN感染症セミナー. 病院内/免疫不全関連感染症診療の考え方と進め方. 医学書院. 2011
Calhoun JH and Manring MM. Adult Osteomyelitis. Infect Dis Clin N Am. 2005;19:765-786
Kaplan SL. Osteomyelitis in Children. Infect Dis Clin N Am. 2005;19:787-797
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