シリーズ 外科医のための感染症 コラム サーベイランスはなぜ必要か(とICN, ICDの話)
みなさんのお勤めになっている施設でも感染対策チーム(ICT)があることと思います。最近は感染採択加算が取れるようになったことから、多くの病院で感染対策を一所懸命にやろう、という気運が高まっています。まあ、それはもちろん「悪いこと」ではありません。
サーベイランス(surveillance)は、主に病院内の感染症や耐性菌についてのデータをまとめる作業のことを言います。ですが、テクニカルな話は実際に感染管理をやっている担当者、多くはICN(Infection Control Nurse)におまかせ、でよいと思います。
ちなみにICNなんですが、日本看護協会が認定する資格です。6ヶ月間の「フルタイムの」訓練と試験の合格によって初めて得られる資格です。ICNという資格取得には、世界でも希有な集中専門家育成コースを経る必要があるのです。日本のICNの感染管理能力は極めて高く、それは世界基準に照らし合わせても決してひけを取るものではありません。
しかしながら、インフェクション・コントロール・ドクター(ICD)のほうは、ICNに比べるとかなり見劣りします。医師資格や博士号といった「関係ないタイトル」と、書類と、あとは3回の講習だけ。運転免許よりも取得が容易で、「英検4級」=「資格だけれども、現場では使えない」と揶揄されるのも仕方ありません。履歴書に厚みを足すためにICDの資格を取ったものの、病院の感染管理業務は押し付けられたくない、とICD資格を持っていることを隠す「隠れICD」すらいると聞きます。
そして、残念なことに、日本ではほとんど全ての組織のトップは医者がやるって決まっています。その資質や能力とは関係なく。病院長、保健所長、医療法人の理事長すら、医者の仕事です。それが医者に与えられた、あるいは期待された能力とは必ずしもマッチしていなくても、です。
多くの医療機関では、ICNは感染管理委員長=ICDの下で働きます。しかし、その実、感染管理能力はICNのほうが高かったりするいびつな構造になっているケースもあります。もちろん、そうでないケースもあり、優秀なICDもいますが、これは医者側の努力や能力といった、「個別の事情」なのです。ICNと異なり、ICDという制度がその能力を担保しているわけではありません。
今後は、ICNも感染管理委員長やICTのトップになり、実質的なリーダーシップをとれるのが望ましいです。同時に、ICDの実務能力を上げることも急務です。感染管理という業界を盛り上げるのに、ICDの乱造はある一定の成果を上げたとは思います。でも、もうこの粗製濫造の時代は、終わりを告げるべき時期にきているとぼくは思います。
さて、話がだいぶずれました。サーベイランスの話でした。
サーベイランスは、病院の感染症の状態を把握するために行うものです。なぜ、把握をするのかというと、「現状が分からなければ改善もありえない」からです。現状把握は、改善のための必須条件というわけです。
サーベイランスはちょっとしたコツや技術、そして労力も必要です。しかし、あまりにサーベイランスを頑張り過ぎて、そこで力つきてしまっては本末転倒です。「うちはこんなサーベイランスをやってます」と会議で報告すれば、加算はとれ、病院長は喜びますが、本来の目的からは逸脱します。あくまでも院内の感染症や耐性菌が減ることが目的です。サーベイランスはそのための手段に過ぎません。
だから、サーベイランスはまず「問題になりそうな場所の、問題になりそうな感染症」に着目します。あまり感染が問題になっていない病棟のあまり問題になっていない感染症をサーベイすれば、「とてもクリーンな病院」というイメージだけは醸し出すことができます。でも、それでは現状は改善しません。一番感染が多くて、一番困っている感染症をターゲットにすれば、病院の一番大きな問題を直視しなくてはなりません。それはつらいことではあります。しかし、その大問題の改善の「幅」は大きいのです。すなわちパフォーマンスはもっとも高くなる、ということになります。
現実をちゃんと直視している病院こそが、きちんとした感染対策が可能なのです。表面上を取り繕って臭いものにふたをしていても、いつかは因果応報、、、大きなアウトブレイクが起きて、結局は病院長含めみんなが損をするということになります。
なので、「うちの病院は院内感染なんて起きてません」「うちには耐性菌がいません」という病院が一番「ヤバい」病院です。ちゃんと現実を直視せず、感染症の診断や耐性菌の検出を怠っている「ダメ病院」なことがほとんどです。ときどき耐性菌や院内感染の問題で報道されている医療機関がありますが、それは(全例とはいえませんが)、現実を直視している誠実な医療機関だったりするんです。
オレだけ監視培養、うちの医局だけ監視培養はやめよう
さて、サーベイランスは病院全体のパフォーマンスを上げるために、全組織的に行わねばなりません。その情報は感染対策チームだけでなく、病院長を始め、関係スタッフ全てに共有されていなければなりません。主治医たちが自分の病棟の耐性菌パターンや感染症の実を把握していない、というのはよくないことです。
全組織的に行う、ということは、きちんと約束事を作って、ルールも共有する必要があります。
以前、「うちの病棟では毎週木曜日は全患者を尿培養」というドクターがいました。このような勝手なサーベイランス(もどき)を個人レベルや医局レベルでやるのはご法度です。そもそも、尿の中には一定数細菌は定着しますし、その定着菌をどう扱うかは、感染対策を専門としたICNなどでなければ分かりません(ICD資格「だけ」では不十分です)。データを集めても、その活用方法がプロフェッショナルに行われなければ、かえって「除菌」という名目のもと、さらなる抗菌薬の乱用と耐性菌の増加を招きます。こういう素人芸が一番迷惑なんです。それに、そういうドクターたちは自分たちで検体を採取したり、培養検査をするわけではありません。気の毒なのは、そういうドクターの横暴に振り回されるナースや技師さんたちです。
監視培養の目標設定はとてもプロフェッショナルなもので、「ちょっと培養してみたい」といった思いつきで行うべきではありません。アウトカムの設定やアウトカムの評価も難しく、簡単にできるものでも、すべきものでもありません。
学会などでも、「うちの病棟からこんな菌が見つかりました」といった夏休みの絵日記みたいな発表を時々見ますが(「今日はセミを二匹見つけました。よかったです」)、こういう「調べてみたら、こんな感じでした」という発表ははっきり言って時間と労力の無駄です。
このような学会発表は「アリバイ作り」のために行うべきではありません。データ収集もあくまでも手段に過ぎません。ハードアウトカムである「感染対策の成果」に合致し、患者や現場の医療者がより幸せになる方法論が確立されたとき、初めてそれは「こんなやり方、みなさんもどうですか」と紹介する価値があります。
学会発表も「発表ありき」で粗製濫造の時代はもう終わりにすべきです。地方会なんて全廃して、もっと発表数を厳選すべきだとぼくは前から思ってます。もっとも、地方会の開催そのものが「利得」になっている現状では、ぼくの意見は絶対に受け入れられない相談だとは思いますが。
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