脾摘とワクチン接種について
脾臓はIgM抗体を産生する主な臓器であり、IgMにより莢膜を有する病原体をオプソニン化することで感染防御に寄与している。脾摘後は肺炎球菌などに起因する敗血症やDICなどの重篤な感染症(脾臓摘出後重症感染症:overwhelming postsplenectomy infection(OPSI))の危険性があるが、あらかじめワクチン接種をすることである程度予防することができる。よって脾摘を行うことが決定したら、術前の適当な時機に肺炎球菌、髄膜炎菌およびインフルエンザ菌b型のワクチン接種を行うべきである。
◎ワクチン接種の時機
ワクチン接種は脾摘を行う少なくとも14日前に行う。無理な場合は術後14日経過してから行う。術後のワクチン接種は術前の接種に比べて免疫力価に有意差はないが、オプソニン化作用が劣るとされているためである。
◎肺炎球菌ワクチン
米国では現在、23価肺炎球菌多糖体ワクチン(PPSV23)と13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)の2種類のワクチンが存在する。PPSV23は、多糖体抗原がB細胞を活性化することで免疫を付与するが、免疫記憶に関与するT細胞を介さないため、2歳未満の小児には免疫原性が低く抗体産生が期待できない。一方、PCV13は2010年に承認された新しいワクチンで、13種類の肺炎球菌血清型の莢膜多糖体をジフテリア変異蛋白と結合させることで、T細胞に作用して免疫原性を発揮するようにしたものである。2歳未満の小児にも適用できるものとして開発されたが、現在米国において、脾摘後の大人ではPPSV23とPCV13の両方の接種が推奨されている。
<具体的な接種スケジュール>
①ワクチン未接種患者…PCV13接種後8週間あけてPPSV23を接種する。
②PPSV23接種済み患者…PPSV23接種後1年以上あけてPCV13を接種する。
③脾摘後患者の再接種…最後にPPSV23を接種してから5年後、少なくとも1回再接種を行う。日本においてもPPSV23は2歳以上の脾摘患者について保険適応となっている。健常者の再接種の有効性は不確定であるため推奨されない。
◎インフルエンザ桿菌(type b)結合ワクチン(Hibワクチン)
インフルエンザ桿菌には、莢膜型(a~fの6血清型)と無莢膜型の2種類がある。組織侵襲性感染症の95%は、莢膜型のb型(Hib)により引き起こされる。Hibワクチンはb型の莢膜多糖体を精製して破傷風トキソイドと結合させた結合ワクチンで、米国では1987年に生後18ヶ月以上の小児に定期接種として導入され、多くの先進国で定期接種に指定されている。日本ではHibの莢膜を得るためにウシ由来の抽出物を培地として用いたため、狂牛病を起こすリスクがあるとして承認が遅れ、2007年より任意接種が承認された。
<具体的な接種スケジュール>
①生後12〜59ヶ月の脾摘患者…⑴Hib抗体が無いか、生後12ヶ月までに1回接種済みの患者⇒2ヶ月あけて2回接種 ⑵生後12ヶ月までに2回接種済みの患者⇒1回追加で接種
②5歳以上でHib抗体の無い患者…1回接種
◎髄膜炎菌ワクチン
日本では、髄膜炎菌性髄膜炎は五類感染症の全数把握疾患であり、近年の報告数は年間10〜20人と稀な疾患である。一方、世界では髄膜炎菌による髄膜炎や菌血症の患者は年間50万人を超え、5万もの人が死亡している。髄膜炎菌には、莢膜多糖体の違いから13の血清型があるが、ヒトに感染を生じるのは主として血清型A,B,C,Y,W-135である。日本ではB,Y群の感染が多い。脾摘患者はその国の基準に従って髄膜炎菌ワクチンを接種する必要がある。現在日本では認可されていない。
①髄膜炎菌4価(A,C,Y,W135)混合多糖体ワクチン、②ジフテリア毒素結合4価混合多糖体ワクチン(2005年米国承認)、③変異ジフテリア毒素結合4価混合多糖体ワクチン(2010年米国承認)、④C,Y群髄膜炎菌とHibの混合ワクチンは、日本では未認可だが米国では承認されている。接種スケジュールは年齢、宿主因子、接種歴などにより決定する。
◎インフルエンザワクチン
インフルエンザワクチンは生後6ヶ月を超える者に推奨されるが、特に合併症のリスクファクターを持つ者に重要である。脾摘患者における重症化に関するデータは無いが、脾摘患者においてインフルエンザは、肺炎球菌性肺炎のような細菌の二次感染が起こり重症化するリスクファクターとなる。
◎その他のワクチン
弱毒生ワクチンを脾摘患者に接種させてはならないというエビデンスはない。よって弱毒生ワクチンはroutineの予防接種スケジュールに従って接種するのが望ましい。
参考文献:(1)UpToDate:Prevention of sepsis in the asplenic patient(2013.10) (2)UpToDate: Preventing severe infection after splenectomy (Beyond the Basics)(2012.9)⑶UpToDate:Pneumococcal vaccination in adults(2013.10)(4)UpToDate:Meningococcal vaccines(2013.1)(5)感染症999の謎:岩田健太郎編 (6)ワクチンと予防接種の全て:大谷明、三瀬勝利著 (7)薬局(Vol.62 No.8)ワクチン入門南山堂
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