播種性ノカルジア症について
ノカルジアは放線菌目ノカルジア科に属する好気性グラム陽性桿菌である。ノカルジアは土壌中に広く分布し、人間において限局性・全身性に化膿性または肉芽腫性炎症を引き起こす。ノカルジア症は世界中の全ての年代・民族でみられ、男性患者が女性の2-3倍多い。ノカルジア症の特徴は他臓器、特に中枢神経系へ広がること、適切な治療を行っていても再燃・進行しやすいこと、の2点である。ノカルジア症は典型的には日和見感染とみなされ、1,050例の文献レビューによるとノカルジア症患者の64%が免疫不全であった(1)。国際的に認められたノカルジア症の分類は存在しないが、一般的には肺型、皮膚型、播種性に分類され、7-44%が播種性である(4)。免疫能正常患者の多くでは感染は局所に留まるが、不全患者では播種性に発展することが多い。ノカルジア感染のリスクは特に細胞性免疫の不全患者で増加する。主なリスクファクターとして、ステロイド治療中、固形臓器・造血幹細胞移植後、HIV感染、悪性腫瘍(多くは化学療法やグルココルチコイド療法施行後)、糖尿病、などが挙げられる。
播種性ノカルジア症は隣接しない二箇所以上の病変によって定義される。経気道感染が50-70%と最多であり(4)、多くの場合、肺症に始まり中枢神経系・皮膚・軟部組織へと血行性に拡大する。その他の感染部位としては比較的稀ではあるが、網膜、心臓弁(主に人工弁)、骨関節、腎臓などが挙げられる。敗血症は稀であり、中心静脈カテーテルなどの血管内異物が特徴的なリスクファクターである。その臨床像について述べる。肺病変は急性・亜急性・慢性に多発性膿瘍を生じ、発熱、咳嗽、喀痰、胸痛といった結核に類似した症状をきたす。皮膚病変は皮下膿瘍を生じ、瘻孔を形成し膿汁を排出するものや、リンパ管に沿った飛石状の小形潰瘍、瘻孔を認めない皮下膿瘍を作る。また播種性ノカルジア症の約半数が脳に関連する。脳ノカルジア症の臨床的兆候は脳圧亢進や巣症状として現れ、しばしば多発性であり数ヶ月から数年に亘り進行する。
本症の臨床所見、画像所見は特異的でなく、結核や真菌感染症、腫瘍と間違われうる。肺炎のある免疫不全患者で、脳・皮膚軟部組織病変が合併する場合は本症を疑うべきである。確定診断には感染局所からの菌の分離と同定が必要である。グラム染色が最も有用な早期診断法であり、同定されやすい検体としては気道分泌物、皮膚生検検体、貯留体液がある。ノカルジアは細菌、真菌、抗酸菌用非選択培地の多くで生えるが発育速度が緩徐であり、3~5日程度でコロニーが現れはじめ、数週を要する場合もある。また、検体に常在菌叢が含まれるとそれらの急速な増殖に容易に覆い隠されてしまう。また、中枢神経症状の有無にかかわらず頭部画像検査を行い脳病変を否定するべきである。肺ノカルジア症が証明されていれば脳病変の組織診断は必ずしも必要でない。しかし免疫不全患者においてはより深刻で活動的な経過を辿りやすいため、早期に脳生検を考慮すべきである。
播種性ノカルジア症は抗菌薬投与により治療する。最適なレジメンは確立されておらず、2種または3種の抗菌薬によるエンピリック治療が推奨されている。第一選択はトリメトプリム-スルファメトキサゾール(TMP-SMX)である。いくつかのノカルジア菌種はTMP-SMXに対し低感受性や抵抗性を有するにもかかわらずTMP-SMXに反応しない例の報告はほとんどなく、多くの場合感受性試験結果に優先して投与される。TMP-SMX以外に有効な抗菌薬としてはアミカシン、イミペネム、第3世代セファロスポリンなどが挙げられ、これらはサルファ剤に対しアレルギーや抵抗性を有する場合に代替として考慮される。治療の初めはTMP-SMXの静脈内投与を少なくとも6週間、または臨床的な軽快がみられるまで行い、その後は薬剤感受性試験結果に基づき2剤経口投与への切り替えが推奨されている。治療期間は長く、免疫不全患者と脳病変を有する患者では最低1年以上に及ぶ。診断の遅れや治療中断は予後の悪化を招くが、適切な治療を行った場合には播種性であっても予後は良い。あるケースコントロールスタディでは、35名の臓器移植後ノカルジア症患者のうち31名(89%)が治癒し、このうち7名の播種性ノカルジア症患者は6名が治癒に至った(2)。
参考文献
UpToDate : (1)Clinical manifestations and diagnosis of nocardiosis, (2)Treatment of nocardiosis
(3)Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of infectious Diseases(seventh edition) p.3199-3206
(4)J. Ambrosioni et al. Nocardiosis: Updated Clinical Review, Infection 2010; 38: 89-97
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