世の中、TPPとかAKBとか略語が多くて参っちゃいますよね。
で、医療の世界も略語だらけ、今回はPPIのお話です。
PPIとはプロトン・ポンプ・阻害薬(proton pump inhibitor)の略です。まあ、細かいところは端折ってですね、要するに胃酸の分泌を抑える、胃薬です。
日本人は胃薬が大好きです。2011年度の日本の医薬品の売上げランキングでも、5位にタケプロン(武田薬品)、11位にパリエット(エーザイ)がランクインしています。どちらもPPIの一種です。11位にはガスター(アステラス)が入っていますが、これもPPIではないタイプの胃薬です(http://nk.jiho.jp/servlet/nk/related/html/1226557027323.html)。
確かに、日本人は胃腸が弱い民族のような気がします。ぼくが北京のクリニックでいろいろな国の患者さんを診ていた時も、お腹がいたい、お腹を壊した、という患者さんは圧倒的に日本人が多かったです。胃潰瘍などの原因になるピロリ菌感染は日本人に多いですし(日本臨牀. 1993;51:3114-9)。
まあ、とはいいながら、日本の医者はPPIを出しすぎだと思います。日本の患者さんはPPIを飲み過ぎだと思います。
なんで、みなさんそんなに胃酸を目の敵にするのでしょう。よく考えてみてください。胃酸って消化に必須なんです。この酸があるから消化吸収が助けられているんですよ。このまえ、「消化不良」を訴えている患者さんにPPIが処方されている例を見ました(マジで)。逆効果やん。「胃全摘」されている患者さんにPPIが処方されているのを見たこともあります(マジで)。あれはいったい、何を治療したいんやろうか。
胃の中に入ったバイキンは胃酸で殺されてしまいますが、PPIで胃酸が抑えられていると死ににくくなります。で、このバイキンが逆流し、肺に入ると肺炎の原因になります。実際、PPIを飲んでいる人は飲んでいない人よりも肺炎になりやすいという研究があります(Expert Rev Clin Pharmacol. 2012 May;5(3):337-44)。あと、抗生物質の副作用として有名な偽膜性腸炎も、PPIを飲んでいると起こしやすいという研究もあります(The American Journal of Gastroenterology 107, 1011-1019 (July 2012))。肝硬変があって腹水が溜まっている人では、PPIを飲んでいると腹水感染を起こしやすくなる、という研究もあります(Ann Pharmacother October 2012 46:1413-1418)。
ピロリ菌を殺すと胃がんが予防できるのでは、という仮説があり現在注目されています。ピロリ菌除菌には抗生物質とPPIの組み合わせを用います。ところが、抗生物質を使わず、PPIだけだとむしろ胃がんが増えるのでは、という研究もあるのです(World J Gastroenterol. 2013 April 28; 19(16): 2560–2568)。
また、とくにタケプロンでは1〜2ヶ月使用した後に慢性の腸炎が発症することがあります(World J Gastroenterol. 2009 May 7; 15(17): 2166–2169.)。こうした副作用にも要注意です。「かたが胃薬」と甘く見てはいけません。だらだらと長く飲むのは、余程の理由がない限りやめておいたほうがよいです。そして、多くの人はそんな「余程の理由」がないままPPIを飲んでいるのです。
[心得5]でお薬手帳はひとつにまとめましょう、というお話をしました。こないだ診た患者さんはお薬手帳がいくつもあって、ある医者からタケプロンが、別の医者からパリエットが出されていて、両方飲んでいました。一般の方にはタケプロンとパリエットが同じタイプの薬だなんて気づかないですよね。医者をまとめ、薬局をまとめ、お薬手帳をまとめておけば、こういうエラーは起きません。気をつけましょう。
とはいえ!
PPIのお陰で胃潰瘍とか十二指腸潰瘍の治療が劇的に改善したのも、また事実です。とくにピロリ菌除菌の一助としてその価値は非常に大きいものがあります。最近、胃潰瘍が穿孔して大出血なんて昔に比べたらとても少なくなったと思います。PPIが登場したのが1980年代前半だそうですが(http://medical.radionikkei.jp/suzuken/final/110908html/)、消化管潰瘍穿孔、出血はだいぶ減りました(http://minds.jcqhc.or.jp/n/medical_user_main.php)。どうもグラフを見ると最近、鈍化傾向な気もしますが。
というわけで、PPI「そのもの」が悪いんじゃありません。もう、この論調ばかりなので、皆さん、慣れてきましたね(ちょっと、うんざり?)。必要な人にPPIが出されるのはまったく問題ないのです。問題は、大した理由もないのにPPIを出したがる医者と、飲みたがる患者です。とくに長期の服用はリスクが大きくなりますから、「薬を飲めば大丈夫」と過信せずに、よくよく考えましょう。
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