昨日、厚労省の検討部会が開かれ、2種類のHPVワクチン接種の「積極的な勧奨を一時中止」する決定がなされた。ただし、公費負担は続けるという。
なんだかよくわからない決定だなあ、と思った人は多いだろう。「なんだかよくわからない」については同意である。
でも、ぼくはこの判断を由とする。
ワクチン推進派は、すぐに2005年の日本脳炎ワクチンの問題を想起したであろう。ADEMと呼ばれる中枢神経疾患の副作用が「懸念」され、その時点で「積極的な勧奨を一時中止」という事態になってしまった。それは2010年まで続けられ、日本人の抗体保有率は激減、日本脳炎発症数も増加した。あきらかに厚労省の失政である。ADEMとの因果関係は不明なままだが、その発生頻度(15年間で22例)、予後(小児のADEMはほとんどが軽快、死亡記録は文献上はなく、あってもまれと考えられる)を考えると、原疾患とのバランスがとれていないからだ。MMRのときと同じ失敗であり、そのMMRの失敗は現在も麻疹や風疹の流行が繰り返されるという先進国では稀有な現象につながっている(先進国でもスポラディックな流行はある。麻疹は今年アメリカや英国でも流行した。が、これが定期的に、構造的に流行する先進国はぼくが知っている限り日本だけだ)。
しかしながら、日本脳炎ウイルスとHPVは同じに扱われるべきではない。ワクチンは、何故か「ワクチン」という一言で推進派にも反対派にも一括りに扱われる。ガスターとペニシリンを同列に扱えないように、乳房切除術と虫垂切除術を同列に扱えないように、日本脳炎ワクチンとHPVワクチンは各論的に、個別に議論すべきだ。
日本脳炎のワクチン無しでの予防は極めて困難だ。日本にはウイルスを有する豚も、ベクターとなるコガタアカイエカもしっかりいるからである。厚労省はワクチンのない間、「外出する時は肌を露出しないよう」などと推奨したが、本気で言っていないか、本気でバカなのかのどちらかだ(関西の人は、今日みたいな猛暑の日に子供が長袖長ズボンで外出って想像出来ます?)。日本のような国で夏に蚊に全く刺されないで子供が生活する、というのはかなりの困難なのである。
が、HPVは違う。揚げ足取りをしなければ、これはセックスで感染するウイルスだ。数ヶ月の間、(妊娠適齢期ど真ん中なポピュレーションではなく、「この」ワクチン対象者に)セックスを回避することはかなりの確率で可能である。もちろん、レイプのようなリスクは皆無ではないが、、、、それを本気で心配するなら、それこそ厚労省の推奨は無視してワクチンを打つべきだ(ワクチンを打ってもいろいろなリスクが回避できることにはなっていないとはいえ)。
ワクチンの副作用が理由で推奨中止になった事例は、報道では「異例」とされるが皆無ではない。1975年にアメリカで豚由来のインフルエンザが流行した時も、ワクチンの副作用と疾患そのもののインパクトにバランスが取れず、予防接種は中止となった。HPVワクチンの確定した効果が子宮頸がんの前癌状態を減らし、ガーダシルがコンジローマを減らすことである(今のところ)、という前提を考えると、懸念される副作用についてきちんと評価することは重要である。数ヶ月程度ならば、だ。ワクチンとの因果関係は証明されていない、は「因果関係はない」と同義ではない。リスクについてはちゃんと検証する、という毅然とした態度を示すのは、行政の立派な態度である。無理にゴリ押しすれば、「外圧に負けた」などと痛くもない腹を探られかねない。
懸念されている複合性局所疼痛症候群(CRPS)は診断基準もあいまいで、報告数も少なく、そのうちおそらく因果関係は無さそう(時間が離れすぎ)なものもある。とはいえ、報告件数でいうと、サーバリックスもガーダシルも、他のワクチンに比べて副反応報告数が多い。自分でカイ二乗検定してみたが、有意に多い。プレベナーやHibと比べても多く、報告バイアスだけでは説明できない。
もちろん、副反応が多い「だけ」ではワクチン中止の根拠とはならない。それを上回る効果が期待出来れば良いだけの話だ。MMRと同じ間違いを繰り返してはならないのは、当然だ。
が、現段階でHPVワクチンのリスクと利益の差は、ぼくの目には十分に明白ではない。そして、数ヶ月待つことのリスクは上記のようにミニマルである。
「こんなの患者に説明できない。国がはっきり方針を示してくれないと」という医者もいるが、これこそ言語道断である。医者は、ワクチンを打つ医者は、プロとして自ら接種の利益とリスクを説明しなければならない。厚労省の官僚はワクチンのプロではなく、素人である。医療のプロが素人に教えを請うて、どうする?ぼくは例えば、ワクチンの同時接種について、厚労省がなんと言おうとその利益とリスクを説明する。厚労省にずるずるべったり甘えてきたことも、日本のワクチン行政がうまくいかなかった一因である。我々医者は毅然として、厚労省がなんと言おうと、自分の目でワクチンのデータを見て、自分の頭で判断し続けるべきだ。それができないのなら、医者ではない。
ところで、HPVワクチンの一時推奨差し控えにはぼくは上述のように賛成である。しかし、それをやるからには、キャッチアップワクチンのしくみをきちんと作り、この遅れがネットとしての接種率低下、さらには将来の疾患増加に寄与しないようにしてほしい。形式的な通知だけでは、だめだ。日本脳炎の時には、次のようなわけのわからない文章を配って「仕事をしたふり」をしていたが、結局接種率は上がらなかった(上がるわけがない)。風疹だって、このような悪い意味での「お役所仕事」がもたらした災厄である。
平成25年度における日本脳炎の定期の予防接種の積極的勧奨の取扱いについて
日頃より、予防接種行政につきまして、ご理解ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
日本脳炎の定期の予防接種については、「日本脳炎の定期の予防接種について」(平成22年4月1日付け健発0401第19号厚生労働省健 康局長通知及び同日付け薬食発0401第25号厚生労働省医薬食品局長通知。以下「通知」という。)に基づき実施されているところですが、平成25年度に おける、積極的勧奨の差し控えにより接種機会を逃した者に対する取扱いについて、第8回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会日本脳炎に関する小委員会 (平成24年12月13日)での検討を踏まえ、下記のとおりとする予定ですので、予めご留意頂き、貴管下市町村(保健所を設置する市及び特別区を含む。以 下同じ。)及び関係機関等に対し周知方宜しく御願い致します。なお、本内容は、追って通知等でお知らせする予定です。
記
1 平成25年度に7歳又は8歳となる者(平成17年4月2日から平成19年4月1日までに生まれた者)については第1期の初回接種が、9 歳又は10歳となる者(平成15年4月2日から平成17年4月1日までに生まれた者)については第1期の追加接種が十分に行われていないことから、平成 25年度中に、第1期の予防接種(以下「1期接種」という。)の不足分について、積極的な勧奨を御願い致します。
2 平成25年度に18歳となる者(平成7年4月2日(※)から平成8年4月1日までに生まれた者)については、第2期の予防接種(以下 「2期接種」という。)が十分に行われていないことから、平成25年度中に、2期接種の不足分について、積極的な勧奨を御願い致します。
3 積極的勧奨の差し控えが行われた期間に、定期の予防接種の対象者であった者のうち、1期接種を完了していた者に対しては、平成25年度より、市町村長等が実施可能な範囲で、2期接種の積極的な勧奨を行っても差し支えありません。
(※)予防接種法施行令の一部を改正する政令(平成25年政令第26号)により、予防接種法施行令(昭和23年政令第197号)附則第4項が改正
され、平成25年4月1日より、平成17年からの積極的勧奨の差し控えにより日本脳炎の定期の予防接種を受ける機会を逸した者について、20歳未満の者を
定期の予防接種の対象者とする特例規定の対象範囲に、平成7年4月2日生まれ~5月31日生まれの者が追加されます。
何が言いたいの?ぼーん。である。厚労官僚はこういう文章にどっぷり浸かっているから何が問題なのかもしかしたら、気づかないかもしれないけれど、世間ではこれを「悪文」といいます。
これまでの形式的な仕事をやめ、実質的な予防接種の仕組みを作るべきだ(はあ、もう何百回言ったろ、このセリフ)。HPV延期するなら、その害がでないよう、キャッチアップの仕組みを、CDCのように明確に、簡潔に示すべきだ。その風疹対策は、HPVと違って待ったなしである。意味不明の通達を出すのもいいが、具体的な国としてのビジョン、方針を示すべきだ(各論的なワクチンのリスクや利益を示すのは現場の医者の仕事だが、全体としての国のビジョンを示すのは、もちろん行政マンの義務である)。
キャッチアップの仕組みを作るための布石として、今回のHPVの措置が取られたとしたら、「おぬし、なかなかやるのう」なのだが、ま、そこまで考えてはいなかったんだろうな、というのが僕の意見。もちろん、僕の意見が愚かな短見であったのなら、それに越したことはない。
追記:いい忘れたが、一つ苦言がある。厚労省の資料には統計解析のされたデータがひとつもない。統計解析なしで「因果関係」云々を議論することそのものが、ナンセンスである。委員にも統計の専門家がいない(僕の知る限り)。インフルエンザの時も統計解析なしで副作用とか死亡率とか空言が飛び交った。そこはきちんと、すべきだ。
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