注意！ これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
２０１６年７月１５日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計５時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、５時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
MRSAの創部感染による骨髄炎の治療において、バンコマイシンとダプトマイシンの治療効果に有意な差は認められるのか？
多くの感染症の教科書においてはMRSAの感染に対してはバンコマイシンを用いると記載されている[1][2]。しかし、今回感染症BSLで担当した患者に対してはダプトマイシンが投与されていた。そこでダプトマイシンについて興味を持ったので今回、ダプトマイシンとバンコマイシンの比較を行うことにした。
まず、黄色ブドウ球菌感染症におけるバンコマイシンとダプトマイシンの比較を行った。Synanda Jobson らによる450床の民間急性期治療病院で行われた後ろ向きカルテレビューによると、黄色ブドウ球菌に感染した合計165人の患者が対象となりそのうち57名(35％)がダプトマイシンを投与され、108名(65％)の患者がバンコマイシンを投与された。この研究で評価された患者に骨髄炎の患者は含まれておらず、皮膚軟部組織に感染をきたした患者は全体の72.7％であった。結果はダプトマイシンを投与された患者の方がバンコマイシンを投与された患者よりも抗菌薬関連での入院日数の中央値が有意に低く(7.5日:10.0日)で、感染の再発率はダプトマイシンを投与された群で25％、バンコマイシンを投与された群で23％であった。[3]
次に骨髄炎におけるダプトマイシンとバンコマイシンの比較を行った。Ryan P. MoensterらによるMRSAによる骨髄炎をダプトマイシンまたはバンコマイシンで治療した患者の再発率を調べた後ろ向きコホート研究によると、ダプトマイシンで治療した患者の方がバンコマイシンで治療した患者に比べて骨髄炎の再発率が低かったとの報告がある[4]。この研究では、骨髄炎の治療としてダプトマイシンを少なくとも2週間使用し治療後半年以内に少なくとも1回フォローアップを受けた患者17人を、それぞれ骨髄炎の既往や糖尿病歴などが一致し骨髄炎治療にバンコマイシン投与を行った患者2人ずつ(合計34人)と比較した。ダプトマイシンを投与した患者では29％が感染の再発をきたしたのに対し、バンコマイシンを投与した患者では61.7％が再発をきたした。また、バンコマイシンを投与された患者の5.9％に血小板減少が見られたのに対し、ダプトマイシンを投与された患者で血小板減少を発症した患者はいなかった。
以上の点から、ダプトマイシンとバンコマイシンはMRSAによる骨髄炎において、再発率の点でダプトマイシンの方が優れていると考えられるかもしれない。しかし、Synanda Jobsonらの報告の中に骨髄炎の患者は含まれていなかったことや、上記2つの論文に共通するlimitationとして対象患者の数が非常に少なかったこと、両群間の患者数の割合が不均等であることがあげられている。またRyan P. Moensterらの報告ではバンコマイシンを投与された患者の再発率が高かった原因として投与量が十分でなかった可能性があると報告されているため、上記の結果を容易に臨床に応用することはできない。腎機能が不安定な患者ではバンコマイシンの血中濃度の推移が予測しにくく使いにくいなど、実際に患者に使用する際には患者の病態に加味して適切な薬剤を使用することが重要であると考える。
参考文献
[1]Harrison's Principles of Internal Medicine, 第18版 1074-1075,1146
[2]レジデントのための感染症診断マニュアル第3版 856-858,866
[3] Synanda Jobson et al: Retrospective Observational Study Comparing Vancomycin Versus Daptomycin as Initial Therapy for Staphylococcus aureus Infections
[4]Ryan P. Moenster et al: Daptomycin Compared to Vancomycin for the Treatment of Osteomyelitis: A Single-Center, Retrospective Cohort Study
寸評：テーマは悪くないし、レポートの議論もよいです。ただ、文献３は無駄です。自分のリサーチクエスチョンに関係する文献だけでよいのです。我々の仕事は特定の患者の役に立つことであり、「物知り」になることではないので。
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